たいやきソウル
感じたことを感じたままに、文学・映画・音楽を中心に書いていきます。
NODA・MAP「キル」再々演を観て
冷たい雨の降る土曜日、私は恐る恐る渋谷の街を歩いていた。シアターコクーンでの舞台「キル」の再々演を観るためだが、新宿や渋谷の人込みは今の私にはけっこうしんどい。一体こんな天気で寒いのに何のためにあんなに大勢やって来るのだろうか?私もその一人なのだけど。
やっと劇場に着き、入口で友人を待っていると、篠井英介が「すみません…」と囁いて目の前を通って行った。黒いジャケットにパンツ&マルチカラーマフラーとお洒落な出で立ちで、物腰は柔らかく素敵だった。思っていたより小柄な人だったが、煙草を吸う姿は絵になっている。
好きな俳優に偶然会え、いい予感に包まれて席についた。コクーンは5年ぶりで、ライブで何かを見るということからしばらく離れていたので胸が高鳴った。「キル」の初演は映像で見たことがあったが、見ごたえのある舞台だった。あれから10年以上経ったのか…と思っているうちに舞台が始まった。
細部は変えているのだろうが、台本に全く古さを感じなかった。それどころか、今の世界へのメッセージがかなり濃く出ていたと思う。モノがあふれ、消費することが生きることと見なされるような時代。流行にふりまわされて服を買うなんて馬鹿らしい、何を着るかって?空を見ればいいんだ、この空の青さを身にまとえばいいんだ、と主人公は気づく。
“征服=人々に同じ服を着せること=制服”など野田得意の言葉遊びが随所にちりばめられ、ギャグもたっぷり。この制服を脱ぐこと、個人であることのの大切さが謳われていた。
野田の舞台で毎回思うのだけど、音楽は既存のものでなくオリジナルを作ったらどうか。今回も、よく知っている映画の音楽が盛り上がる場面で使われており少々興ざめした。
主人公テムジン役の妻夫木聡は予想以上の好演だった。初演・再演時の堤真一の野太く力強いテムジンから、妻夫木の都会的で繊細さを垣間見せるテムジンへ。テムジンの迷走や悩み苦しむ姿は、現代人の私たちにとって非常に近いものと感じられるのではないか。
東京に住んでいて良いのは、家を出て30分のところでこういうライブを観られるということだな。観劇後、コーヒーをすすりながら私は思った。ライブの高揚感というのはすごい。今も胸が熱くなっている。
やっと劇場に着き、入口で友人を待っていると、篠井英介が「すみません…」と囁いて目の前を通って行った。黒いジャケットにパンツ&マルチカラーマフラーとお洒落な出で立ちで、物腰は柔らかく素敵だった。思っていたより小柄な人だったが、煙草を吸う姿は絵になっている。
好きな俳優に偶然会え、いい予感に包まれて席についた。コクーンは5年ぶりで、ライブで何かを見るということからしばらく離れていたので胸が高鳴った。「キル」の初演は映像で見たことがあったが、見ごたえのある舞台だった。あれから10年以上経ったのか…と思っているうちに舞台が始まった。
細部は変えているのだろうが、台本に全く古さを感じなかった。それどころか、今の世界へのメッセージがかなり濃く出ていたと思う。モノがあふれ、消費することが生きることと見なされるような時代。流行にふりまわされて服を買うなんて馬鹿らしい、何を着るかって?空を見ればいいんだ、この空の青さを身にまとえばいいんだ、と主人公は気づく。
“征服=人々に同じ服を着せること=制服”など野田得意の言葉遊びが随所にちりばめられ、ギャグもたっぷり。この制服を脱ぐこと、個人であることのの大切さが謳われていた。
野田の舞台で毎回思うのだけど、音楽は既存のものでなくオリジナルを作ったらどうか。今回も、よく知っている映画の音楽が盛り上がる場面で使われており少々興ざめした。
主人公テムジン役の妻夫木聡は予想以上の好演だった。初演・再演時の堤真一の野太く力強いテムジンから、妻夫木の都会的で繊細さを垣間見せるテムジンへ。テムジンの迷走や悩み苦しむ姿は、現代人の私たちにとって非常に近いものと感じられるのではないか。
東京に住んでいて良いのは、家を出て30分のところでこういうライブを観られるということだな。観劇後、コーヒーをすすりながら私は思った。ライブの高揚感というのはすごい。今も胸が熱くなっている。
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